format_quote 何とかしてやりたいと思いつつ、何も出来ない日々が続いた。諦めているのか、春美や政恵が泣きついてこないので、それをいいことに彼女らの苦労から目をそらしていた。良心の呵責は、仕事に没頭し、自分にはほかにやるべきことがあると思い込むことでごまかした。実家へ様子を見に行くこともなくなった。
format_quote 最前列に座っている初老の女性が梶川の妻のほうを向いていた。「運転していたのはあなたじゃないんですからね。あなただって、本当はそう思っているんでしょ? でも世間体のこともあるし、何もしないと人から何といわれるかわからないから、こうして謝りにみえたんでしょ? そんな形だけの謝罪なんて、いくらしてもらったって嬉しくも何ともありませんからね、もうやめてください」 「いえ、私はそんな……」梶川の妻は反論しようとした。 「いいです、いいです。もう何もいわないでください。そこでそんなふうに立っていられると、まるでこっちがあなたをいじめているような気がするんです」そういってから初老の女性は、ふうーっとため息をついた。それがよく聞こえるほど、室内は静まりに返っていた。